島田さんチの こもごも (お侍 拍手お礼の四十四)

       〜 お侍様 小劇場より
 

清々しくも晴れ渡った青空や、
降りそそぐ透き通った陽射しが何とも心地いい。
そろそろうんざりするような暑さは遠のき始めており、
どこからか そよぎ来る風が、
金木犀の甘い香を運んで来るよな頃合いとなって。
ぐんぐんと爽やかな暑さが増す初夏のころとは逆の意味から、

 “このくらいの時期も、過ごしやすくっていい気候ですよねぇ。”

工房での根を詰めての作業に一区切りつけて、
息抜きにと庭先へ出て来た平八殿。
ずっと丸めていた背中を延ばしつつ、
目に優しい緑や透明感の満ちた空気を堪能しておれば。
その視線が捕らえたは、錦木の生け垣の向こうのお隣りさん。
金髪白面という淡い色合いの麗しさがまた、手入れのいい芝草によく映える、
すらりとした長身の美丈夫殿が。
干し出した洗濯物の乾きようを確かめてでもいるものか、
竿に干されたバスタオルの裾なぞを、きれいな指先で撫でていたのだが。

 「?」

その手がふと止まったままになったのは、
何ごとか思案の虫にでも取り憑かれたせいだろか。
ぼんやりと投げられた視線は どう見ても、
丁度目の前にあった男物のトランクスを、
じぃと凝視しているような趣きではなくて。

 「シチさん?」
 「え? …あ、ヘイさん。」

呼びかければ、それでやっと我に返ったらしく、
表情にいつもの冴えが戻って。
そのまま こちらへと歩み寄って来ながら、
いいお天気ですねぇなんて、当たり障りのない言いようを始めるものだから、

 「隠しごとなんて水臭いですよ? シチさん。」
 「はい?」
 「何か心配ごとでもお在りですか?」
 「あ…いえ、あの…。」

しまった、顔に出ていたかと、玻璃玉のような青い目が宙を泳いだものの、

 「…シチさん?」

日頃は少々伏せられ気味なエンジニアさんのまなこ。
それが、片方だけとはいえ開眼されての ちろりんと眇められたもんだから、

 「…言います。」

無視したことから何か祟った話は聞かぬが、
それでも…何だか底冷えが襲う迫力がある。
悪あがきは辞めての素直に口を割ることにしたらしい七郎次。
するんとした肩をなお落とし、
あらためての溜息を一つほどついて見せると、

 「いえね、アタシって結構ご近所付き合いとか心掛けてるつもりだったんですのに。」
 「はい。」
 「ここにだって、十年以上は住んでおりますのにね。」
 「…はい?」
 「あんまり知られてなかったのかなって思いまして。」
 「はいぃ?」

お隣りの美人妻、もとえ、麗しの君が、
憂いをたたえた伏目がちになって言うことにゃ。
役所への用があったのでと、出張所のある駅前まで出掛けたそうで。
その帰り道、
ビニール製の小さなポーチが道端に落ちているのが目に入った。
ゴミにしては綺麗だったし、透明な作りだったので中身も見えて、
レトロな花柄の陰、パスケースが入っているのが覗けたものだから。
さて、交番に届けたものか、でも駅の方が近い場所、
定期券のことなら駅の方へ問い合わせるものかしらと、
迷ってのこと、ちょっとばかり立ち尽くしていたところが、

 「途方に暮れて見えたのか、声を掛けて来た人があったんですが。」

そのお人が口にした第一声が、

 「“めい あい へるぷ ゆう?”だったんですよね。」
 「そ、それはまた……。」

言葉に困った平八の様子へ、目の前の撫で肩がますますしょんもりと落っこちる。
確かにこの別嬪さん、
涼しげな金髪に水色の瞳、
上等のろうそくのような深みのある白い肌をしていて、
若木のようにすらりとした肢体といい、ちょっと目には西欧人に見えなくもない。
とはいえ、生まれも育ちも日本だし、父も母も紛れもなく日本人。
かてて加えて ここは地元で、
先程 彼が口にしたように、十年は住んでもいる土地だってのに。
そこで“何かお困りですか?”という声を掛けられようなんて、
夢にも思ってみなかった彼だったろから。
目立ちたがりではないけれど、それにしたって…と、
何とも複雑な心境でおいでだったのに違いなく。

 “むしろ、お世話するのが大好きな側だってのにねぇ。”

さぞかし面食らってしまったんだろなとの同情、深く寄せて差し上げつつ、

 「それで、何てお返事なさったんですか?」
 「いえあの、何でもないんですって。そしたら…。」
 「そしたら?」
 「ああ、日本語が通じる方だったんですねって。」
 「…っ☆」

うあ何て駄目押しをと、今度は驚きから思わず開眼してしまった平八だったが、
項垂れてしまっている七郎次の姿に、
何とはなく…胸底がきゅうんとするから不思議。

 “意気消沈なさってるってのに不謹慎ですよね。でも…。”

伏し目がちになってのあからさまに元気がないのは、
だがだが、そんな愚痴を零してもいい相手だからと平八に甘えている証拠。
そんな風に凭れられているのが、何とはなくくすぐったくて。

  その人って何処の誰だったんですか?
  さあ、見かけない人でした。
  じゃあ、その人の方こそ越して来たばかりだったんじゃあないですか?

項垂れたまんまの聡明そうな額に向けて、
ほれお顔を上げて下さいなとばかり、
何とか頑張って掛ける言葉を探す平八で。

 「大体、こちらのお宅はご町内でも注目の的なんですよ?」
 「? そうなんですか?」
 「当たり前じゃないですか。
  シチさんといい、勘兵衛さんや久蔵さんといい、
  見目麗しくて個性的な殿方ばかりがお住まいなのに。」

ファンクラブが乱立しているほどに…とまでは言ってやれないものだから、
その程度で言葉を留めておれば、

 「でも、勘兵衛様や久蔵殿は昼間はいませんしねぇ。」

やっぱり妙な家だなくらいは思われているのかも知れませんねと、
力のないお声を出す彼であり。
どうやら、それもこれも自分がちゃんとしてないからだと思ったらしく、

 “…やっぱシチさんてA型だ。”

ウチのはそうかも知れない…。
(おいおい)
じゃあなくて。

 「妙な風になんて思われてませんてば。」

日頃は飄々となさってるくせに、
何だか妙に、いつまでもぐずぐずと歯切れが悪い美人妻であり。
だが…そうまで深刻な気病みなら、たとえ平八が相手でも口にするものだろか。

 “…さては。”

どうやら、褒めて欲しい、持ち上げて欲しいモードに入ってるなと気がついて。

 “なぁんだ、もう立ち直ってらしたんじゃあないですか。”

確かにしょげてはいたが、語らい合ううち多少は癒されたものなのか。
いつの間にやら、もっと甘やかして下さいなという、
そんなお茶目な“ふり”が出来るまでには復活なさったらしいと気づいて。

 「そうですね、
  せいぜいお洗濯ものチェックとか、されてるくらいのもんですて。」

茶化されたのへのお返しのつもり、

  ―― あら、皆さんトランクス派なのね。
      私、てっきり勘兵衛さんは ブ○ーフかと。
      やだぁ、Mさんたらぁ…vv

なんてな話題で沸いていた井戸端会話を、
聞いたことがありますと続けようと仕掛かったところが、

 「……え? そんなチェックお入れになってる方がいるんですか?」
 「はい?」

今度はいきなり、妙に真摯なお顔になった島田さんチのおっ母様。
そのまま物干しへ駆け戻ったのは、
洗濯物がちゃんと洗えているものか干し方が雑じゃあないかという方向で、
男所帯はこれだからなんてなチェックをされているとでも思ったからか。
しわが伸びてるかどうかなどなど、大慌てでチェックに励み出した様子から、

 「あ………。」

遅ればせながらそんな真相へ気づいた平八さん。
そんなつもりはなかったんですかと、
ありゃりゃと苦笑を零した、秋の午後だったりするのであった。




  ◇  ◇  ◇



まだまだ今月いっぱいは短縮授業だそうだけれど、
それでもさすがに、体育祭当日が間近とあって、
応援団を振られた次男坊も、
振り付けやら段取りやらへの、打ち合わせと練習に居残る日が増えて来て。
お弁当持っての登校をする日が戻って来、
帰りも夕方、ともすりゃ陽が落ちてからになる日が増えて。

 「お帰りなさい。」
 「…。」

勿論のこと反抗期なんかじゃあなく、これも寡黙がすぎてのこと。
ただいまと、真っ直ぐな眼差しと態度とで示す久蔵殿のすぐ後ろ。
今日は珍しくもお連れさんを連れ立っての帰宅だったものだから、
その意外性へ ありゃりゃあと、
思わずのこと、口許が…ほころんでしまった七郎次だったりし。

 「あのあの、突然お邪魔します。
  私、島田先輩とは剣道部でご一緒させていただいております、
  岡本勝四郎と申します。」

緊張ぎみに、どこか含羞みながら自己紹介をする初々しい後輩くん、
七郎次も名前と声だけは知っており。
かくりと腰から九十度、
きっちり屈して深々とお辞儀して下さった折り目正しさへ、

 「ご丁寧なご挨拶を痛み入りますね。」

こちらはいつもの礼儀から、板張りの床へ正座になっての手はお膝。
真っ直ぐ伸ばした背条も凛々しく、
なのにお顔には瑞々しくも柔和な笑みを満たして、

 「私は久蔵の兄で七郎次と申します。」

自己紹介のお返しをし、
さあさどうぞと、上がるように促す笑顔がまた、
男性には違いないのに端麗でお素敵で。
肝心な次男坊は何も言わないままなので、

 「あのっ、今日は私が、その…我儘を申しまして。」

どういう用事で訪のうたのか、
やや舞い上がりながらも、
しどろもどろに言いつのろうとしたのだが、

 「……。」

廊下を進みかけていた久蔵が、その足を止めての戻って来。
自分も片膝落とすと、七郎次との視線を合わせ、
じっと見つめ合った間合いは…2、3秒ほどだったろか。

 「ああ、構いませんよ?」

それだけで一体何が通じたものか、
七郎次がけろりと応じ、勝四郎への目礼を向けてから、
流れるような優美な動作で立ち上がる。
くどいようだが、姿勢も所作も凛然としていて、
体躯もしっかりしており、何処から見ても男性なのに。
恐らくは…動作の間の取り方や視線の置き方などのせいだろか、
どこかに蠱惑な香が滲む。
淫靡で挑発的なそれじゃあなく、
あくまでも端正な、なのに…甘さと優しさを感じるのは、
そこに溢れて支えるものが、
ずんと懐ろ深くて温かな、大きな慈愛と寛容さだからか。

 「…。////////」
 「???」

心なしか頬を染め、廊下を進んでく綺麗な背中を見送る後輩へ、
何を感じ取ったものか、少々怪訝そうに眉を顰めていた久蔵だったけれど。

 「素晴らしい人ですねぇ、お兄様。///////」
 「…っ☆」

甘い溜息混じりのお言葉、そこへ何を感じたものか、

 「? 久蔵殿?」

お弁当に入れていた、だし巻き玉子と煮物に使っている調味料、
銘柄と割合とをメモして来ましたよと差し出しながら。
その細腕でよくもそこまで引っ張り上げられると、
感心するほどの雄々しさで、
後輩さんのまだ夏服の開襟シャツの襟元、
ぐわしと引っ掴んでた次男坊へ、
窘め半分、宥めるような声を掛けたおっ母様だったのだけれども。


  ―― いけませんね、あんな怖い眸をしてお友達を睨んでは。
      〜〜〜。
      伝わらなきゃあいいって問題じゃあありません。


もしかしたなら“死にたいのか”くらいの物騒な意でも籠もってでもいたものか、
それをやっぱり読み取れたらしいおっ母様の
温かいお膝に甘えつきつつ。
玄関先からとっとと追い返した後輩さんを、
そんな動機から…ここで初めて名前から顔から意識した、
何とも困った次男坊だったそうである。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.9.27.


  *小ネタ集、ふたたびでございました。(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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